『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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174それは分からないです。順番が何かを意味する場合もしない場合もありますが、それは史料の性格によりますから。だれがなんのために、どのように、どんな資料を作ったかによります。名前が一番最初に出て来るから一番偉いとも言いにくい、なんとも言えないですね。これを見ると、前の方に出て来る斑目氏とか江氏とか芳賀氏とか和知氏とかは、みな戦国時代の白河結城氏の重臣ですから、なんとなく全体的に有力な人物が前の方に書かれている観はありますね。――白河結城家における位置づけと檀那名簿における位置付け。その関係はパラレルということにはならない?さきほどの北畠親房と結城親朝のやり取りでは「斑目は独立領主だけど、あなたの家来だから気を遣わきゃあね」という感じだったわけですが、檀那名簿での位置付けというのは宗教者のパトロンとしてどれだけ大事かという事でしょうからね。そこは修験者である形部阿闍梨明尊にとっての「斑目周防守」や「信濃入道」が、結城親朝や顕朝にとっても
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