『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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251第10章 野中哲照氏インタビューそうですね。ステータスを認められたんでしょうね。――これは正妻ですかね、それとも何番目かの一人にすぎない?父親の「権掾」という身分からすると正妻ではないという可能性はありますね。しかし、一夫多妻は都の源氏物語の周辺の世界だけで、東国では一夫一婦制だったと言われています。そんなに奥さんはいなかったかもしれません。当時の人は現代人が考える以上に簡単に死にますし、特に女性は出産と共に死ぬ例がすごく多い。母子ともに健全な率は半分というふうに言われている。母親が死ぬか、赤ん坊が死ぬ。かなり危険なんです。ですから一夫多妻制によって沢山妻を持ったというよりは、先妻が亡くなったことによって二番目を持ったという事もあるでしょう。昔だから一夫多妻と言う観念は、一回外した方がいいかもしれませんね。まあ「平惟衡妻」というのは一番目か二番目の可能性がありますよ。――やっぱり、これは政略的な結婚なんでしょう? とにかく惟衡の父親は陸奥守ですから。陸奥守はたいへんな権力者ですし、惟衡にしたって伊勢平氏の祖となる人物。その
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