『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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294――その中でも、島田さんは特異な存在なんでしょう。私は考古と文献と、両方やっていますからね。考古がやっていることはホットな情報じゃないですか。先生方が研究を進めるにあたっていますぐにでも欲しい情報ですよね。私はその考古の情報を発掘の現場でホットに生かしながら文献を研究する作業を同時進行でできる。しかも、横手は遺跡に恵まれ、まさにそういうことにホットに取り組みやすい地域です。だから楽しいですよね。これまでの仕事として10、11世紀を復元し、12、13、14世紀も文献と合わせて新しい地域史が分かるようにしてきました。市民の方たちにとって、地域の歴史をとっつきやすく、分かりやすく話していくというのは重要なことですから。――ちょっと余談で、話が12世紀末まで飛びますが、橘公業が秋田北部の総地頭に任命されています。その公業が支配した土地の一つに「斑目郷」が含まれていたんでしょうね。子孫たちが九州の肥前に移住した時、「秋田の斑目郷から来た」と言っていますよね。

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